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東京高等裁判所 昭和55年(う)945号 判決 1980年10月20日

被告人 宋英東

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一三〇日を原審の言い渡した本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大内英男作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事中川秀作成名義の答弁書及び答弁補充書に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これらに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

控訴趣意第一点(理由不備または理由のくいちがい)について

所論は、

一、被告人が受入れ、処分した原判示産業廃棄物中には有価物が含まれていた物があり、被告人は、右廃棄物中から有価物を取り出し、その余の再生することのできない物を埋立てるなどしていたものであるから、被告人の処分した右廃棄物は廃棄物の処分及び清掃に関する法律(以下廃棄物処理法と略称する。)一四条一項但書に規定する「もつぱら再生利用の目的となる産業廃棄物」に当たるものと解する余地があるのに、廃棄物中に有価物と再生することのできない物とが混合されている場合、その有価物がいかなる割合で存在すれば、これが右「もつぱら再生利用の目的となる廃棄物」となるのかを明らかにすることなく、原判示産業廃棄物を処分した被告人の本件所為が直ちに同法一四条一項に違反するものとした原判決には、理由不備または理由のくいちがいの違法がある、

二、被告人は、再生資源取扱業に関する条例により、選分加工業を営む許可を受け、「もつぱら再生利用の目的となる廃棄物」を専門的に取り扱つていたのであり、このような業者については廃棄物処理法一四条一項の定める行政庁の許可を要しないものと解すべきであるのに、原判決は、原審における弁護人のその旨の主張を排斥するにつき理由を付していない、

三、被告人が受入れ、処分した原判示廃木材の殆んどは、被告人が選分加工業者として許されているゴミの焼却に必要な助燃材として使用されたものであり、また、原判示モルタル片、瓦片、残生コンクリートは、羽村町の過去のゴミ投棄地の覆土用車両進入の基礎固定用として、暫定的に置いていたものであるから、いずれも被告人の本件処分行為の違法性の有無が問題であるのに、原判決はこの点について理由を付していない、

などというのである。

そこで、記録及び証拠物を調査して、順次検討する。

一、廃棄物処理法七条一項但書、一四条一項但書は、それぞれ一般廃棄物処理業または産業廃棄物処理業に関する事前の規制である許可制を定めた同法七条一項本文、一四条一項本文の例外規定であつて、もつぱら再生利用の目的となる廃棄物のみを取り扱う場合など、行政庁の許可を受けないで、一般廃棄物処理業または産業廃棄物処理業を営むことのできる一定の場合を規定しているのであるが、同法七条一項但書の「もつぱら再生利用の目的となる廃棄物」、同法一四条一項但書の「もつぱら再生利用の目的となる産業廃棄物」とは、行政庁の事前の規制を受けなくとも、弊害の生ずるおそれのない形態での再生利用の対象であることが求められるとともに、前記許可制の限界を画する概念として、客観的に明確であることが必要であるから、その物の客観的性質上、通常、再生利用されるものをいい、たまたま特定の者が、再生利用の意図を有し、または現実に再生利用をしている廃棄物であることのみでは足りないと解するのが相当である。けだし、事前の規制である許可制は、規制対象か否かが対象となるべき業者の主観的な意図や事後の行動によつて任意に決定されるのでは、制度の目的を全うすることができないからである、そして、原判決は、被告人が処分の対象とした原判示廃棄物は、いずれもその物の客観的性質上から見て、「もつぱら再生利用の目的となる廃棄物」に当たらないものと認定したうえ、しかも、被告人が、もつぱら再生利用の目的として、これらを処分したものとも認められず、特にクイポについては、被告人が、コンクリートを破砕し、その中の鉄筋を回収したとしても、前者の量が後者の量に比して極めて多く、これがもつぱら再生利用の目的に出た処分であるとは認められない旨を附加的に判示したものと解されるから、原判決に所論の理由不備または理由のくいちがいは存在しない。

(なお、所論中、被告人がクイポの一部の上に覆土をしたのは、後に破砕する予定のもとに、地主の要請により近所の批難を避けるため、グランドレベルより高くして一時覆土したものに過ぎないから、埋立て処分をしたものではないという点もあるが、(証拠略)によれば、被告人は、かねて加藤光利から、砂利を採取し、その跡地を埋立て整地して同人に返却する約束で、原判示区域の土地を賃借し、阿部正三郎らに指示して、右土地にクイポ(コンクリート破片)等の不燃物である廃棄物を埋立てさせたが、その際、右加藤の要請により、将来の地盤沈下を予定し、その他の地表より二メートル位高くして右土地を整地したものであつて、一時的に覆土したものではないことが認められ、被告人の原審公判廷における供述、司法警察員に対する各供述調書中右認定に反する部分は、前記各証拠等と対比し措信できないから、所論は採用することができない。)

二、次に、原判決は、所論二と同趣旨の被告人の主張に対し、被告人の原判示所為が廃棄物処理法七条一項及び一四条一項により行政庁の許可を必要としないといえるためには、その処分の対象がもつぱら再生利用の目的となつていることが求められるところ、被告人が処分の対象とした原判示廃棄物は、いずれもこれに当たらない旨認定判示していることが明らかであるから、原判決に所論の理由不備は認められない。

なお、もつぱら再生利用の目的となる廃棄物に当たらないものの処分等を業として行なおうとする者について、再生資源取扱業に関する条例に基く保健所長の再生資源選分加工業の許可が、廃棄物処理法七条、一四条に基く都道府県知事等の廃棄物処分業の許可に代り得るものでないことは、いうまでもない。

三、被告人が処分した原判示廃棄物が、廃棄物処理法七条一項但書及び一四条一項但書の「もつぱら再生利用の目的となる一般廃棄物または産業廃棄物」に当たらないものであつて、被告人がこれを処分したことが認められる以上、被告人の原判示所為が同法二五条一号に該当することは明らかであつて、被告人の原判示廃棄物の処分方法のいかんは、犯罪の情状に影響を及ぼすことは格別、犯罪の成否、違法性の有無とはなんら関係がないと解すべきであるから、原判決が被告人の原判示所為の違法性の有無について判示しなかつたのは当然であつて、原判決に所論の理由不備はない。

(なお、原判示廃棄物中、残生コンクリート等が、所論のように、羽村町の過去におけるゴミ投棄地の覆土用車両進入の基礎固定用として暫定的に置かれたものと認められないことは、前記のとおりである。)

従つて、論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意第二点(事実誤認)について

所論は、要するに、被告人は、行政庁の意向を常に打診し、弁護士の助言のもとに、原判示産業廃棄物はいずれも再生資源利用の目的となるものと認識して、これを処分したものであるから、被告人には廃棄物処理法違反の故意も違法性の認識もなく、また、適法行為に出る期待可能性もなかつた、というのである。

しかし、かりに、被告人が、所論のように、その処分した廃棄物が廃棄物処理法七条一項但書および一四条一項但書にいう「もつぱら再生利用の目的となる廃棄物」であると誤信していたとしても、右は、被告人が、錯誤により法律の解釈を誤り、違法行為を適法行為と信じて、原判示行為に出たものであつて、所論のように事実の錯誤には当たらないから、故意を阻却しないものと解すべきであるのみならず、原審証人松井信夫の供述、被告人の司法警察員に対する昭和五四年五月五日付供述調書、その他関係証拠によれば、被告人は、昭和五二年一一月当時、すでに、東京都清掃局係官が、被告人やその顧客業者に対し、被告人の廃棄物処分業が無許可で違法である旨宣明していることを認識していたことが認められるから、被告人において、原判示所為の違法性の認識を欠き、あるいはその違法性を認識する可能性がなかつたものとは到底認められず、また、被告人に適法行為に出る期待可能性がなかつたものとも認められない。原判決に所論の事実誤認は存しない。

論旨は理由がない。

控訴趣意第三点(量刑不当)について

所論は、犯情に照らして、原判決の量刑は重きに失して不当である、というのである。

そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、本件の事実関係は、原判決の認定判示するとおり、被告人が、法定の除外事由がないのに、東京都知事及び瑞穂町長の許可を受けないで、業として、原判示の期間、継続して多数回にわたり、瑞穂町長が一般廃棄物の処理区域と定めた区域である原判示の場所において、株式会社中野運送外六名から代金合計七九万一、〇〇〇円で処分を委託された一般廃棄物、産業廃棄物及びその混合物合計約二七四トン分を焼却、破砕、埋立てるなどし、もつて、無許可で一般廃棄物及び産業廃棄物の処分業を営んだ、というものである。関係証拠によれば、本件は、公害発生等、生活環境の保全、公衆衛生の向上に重大なかかわりがあるために許可制となつている廃棄物処理業中の廃棄物処分業を、被告人が無許可で営んだ公害関連犯罪の事案であるところ、被告人は、昭和四九年一一月、東京都知事から産業廃棄物処理業の許可を受け、同五〇年一二月に右許可を取り消されているのに、独自の見解のもとに、全く右許可の申請をする意思もなく、大規模にかつ公然と廃棄物処分業を営んでいたものであること、被告人の本件営業過程において、長期間にわたり大量の煙公害を発生させるなど、地域の住民や学校に対し実害を与えたこと、被告人が、昭和五一年八月二五日(同年九月九日確定)、名誉毀損・境界毀損・砂利採取法違反・往来妨害の罪により懲役一年六月、四年間執行猶予に処せられ、本件が右執行猶予中の犯行であること、被告人には、このほかにも犯罪歴があることなどにかんがみると、被告人の順法精神の欠如は甚だしく、その刑事責任は重いといわねばならない。

してみると、被告人が前記のようにかたくなであつたのは、被告人の信頼する者の助言があつたことにもよると考えられること、現在では、被告人に反省の態度が認められること、その他所論指摘の事情を十分被告人に有利に斟酌するとしても、原判決の量刑(懲役六月、求刑同一〇月)はやむをえないところであつて、これが重きに失して不当であるとはいえない、

この点に関する論旨も理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数中一三〇日を刑法二一条により原審の言い渡した本刑に算入し、主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引紳郎 三好清一 杉山英巳)

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